LGBTを無理やり話題に出すメディアの意図 02

前回の記事「LGBTを無理やり話題に出すメディアの意図 01」にて、日本の有名政治家の多くがゲイである、もしくは強く疑われているという、衝撃の事実が分かりました。
また、昨今のメディアでLGBTの話題が急に増えてきた理由も述べました。

なので今回は、杉田議員の「LGBTは生産性がない」と何故公に発言したのか?そして、本当にLGBTの趣向は健全なものなのかを調べていきます。

ちなみに、自分は杉田議員の発言に対し、「完全にヤラセである」と、すぐに察しました。

考えればすぐに分かるのですが、良識がある人達は、こんな恐ろしい発言なんてする訳が無いのです。ここまで人間を「物」と同等に考え、メディアを通して平然と暴言を吐くなんて事は有り得ません。いくら常識が無い人間でも、言ってはいけない、どう考えても侮辱としてしか捉えられない言葉をメディアという媒体で口に出すなんて事は絶対にしません。余程感情的にならない限り、こんな発言はしないのです。

もう1つは、「LGBTは気持ち悪い」とつい口走ってしまう事はもしかしたら有り得るかもしれませんが、「LGBTは生産性が無い」という発言は、明らかに言葉を意図的に作っているとしか思えないからです。
こんな事を言えばLGBTに対して明らかに差別意識を持っていると捉えられますから、炎上は絶対に避けられないでしょう。というか、これを狙っているとしか感じられないですね。

さて、杉田議員についての情報ですが、下記記事をぜひご覧下さい(一部記事を抜粋します)。

「日本会議」の本体である「生長の家」は、基本的人権、国民主権、平和主義を全ての国民から奪おうとしています。


⑰あの人もこの人も「生長の家」の信者です。言論統制・弾圧の陰に「生長の家」あり。

実は世を騒がせている人たちの多くに、「生長の家」の信者が含まれていることが判明しました。
「LGBT」批判をして、バッシングの的になった「杉田水脈」議員。

…….

この一連の騒動は「LGBT」を批判するとどうなるか、という見せしめのためにわざと起こされたのです。
彼らの経歴を見れば、この騒動が「生長の家」によって計画された「マッチポンプ」であることがすぐにわかります。
「杉田水脈」は「新しい歴史教科書をつくる会」の理事です。

※証拠はWikipediaにあります

「新しい歴史教科書をつくる会」とは、日本会議に支持され、「生長の家人脈」で構成された組織です。


日本会議・生長の家、そして生長の家の教えを教科書に落とし込む組織の理事、もうこれだけでも十分だとは思いますが、続けます。


杉田議員の騒ぎが起こった後、「新潮45」にて、30ページにもわたる「杉田水脈」を擁護する論文が掲載されました。

※該当の論文はコチラです。

その中で彼女を擁護したのが、「小川榮太郎」です。

この騒動で世の中が、「LGBT容認」の雰囲気に流されるのをせき止め、言論統制される流れを変えたように思われました。
一瞬「言論の自由」はまだ残っているのだと思わされましたが、それは間違いでした。
彼らこそ、「言論弾圧」のために立てられた「役者」だったのです。
この一連の騒動は「LGBT」を批判するとどうなるか、という見せしめのためにわざと起こされたのです。
彼らの経歴を見れば、この騒動が「生長の家」によって計画された「マッチポンプ」であることがすぐにわかります。

…….

そして新潮45で炎上した、「小川榮太郎」も、「生長の家」とズブズブの関係でした。
彼は「生長の家」の関連組織である、「青年真志塾」の「幹事長」を務めています。

※概要はコチラにあります

…….

今回の騒動によって、「新潮45」は休刊に追いやられました。
もうだれも「LGBT」批判を公の場でできなくなってしまいました。
これが「彼ら」を送り込んだ「生長の家」の目的だったのです。

…….

すべては目的達成のための「お芝居」だったのです。
大手メディアでさえこのように弾圧されるのなら、恐ろしくてもう何も言えない、と脅しをかけているのです。
内心「LGBT」は気持ち悪い、おかしいと思っている人たちも、今回の騒動で完全に口封じされました。
これで「生長の家」・「日本会議」は堂々と「LGBT」容認の流れを作ることができました。


どうでしょうか?これでも「たまたまLGBTを批判したら炎上し、この様な流れになった。」と考えますか?
これは当たり前の事ですが、自作自演する際は極力バレない様に動くのが当然です。そういう意図があったという明らかな証拠は無いかもしれませんが、結果的にLGBT批判によって言論統制が行なわれました
そして蓋を開けてみれば、生長の家との繋がりがこうもあっさりと明確に浮き彫りになるのですから、完全に意図的と考えるのが自然でしょう。真実は必ず化けの皮を剥がすのです。

ある意見に対し、あえてそれに反するコメントをして叩いて正当化する手段は良く使われています。
代表的なのはやはりアメリカでの9.11(同時多発テロ)ですね。当時のブッシュ大統領がテロ組織(ウサマ・ビンラディン氏)と結託してテロを起こさせ、それを理由に戦争を正当化しました。これと全く同じ構造ですよね。
※これ以上話題には出しませんが、「9.11 自作自演」で検索を掛ければ、いくらでもその証拠の記事を探せますので。

以上が杉田議員の実態でしたが、本当に酷過ぎますね…。無理やり自分達の思想を広めたい為に、影でこの様なシナリオを作っている事に憤りを感じます。そこまで素晴らしいと思っているなら堂々とアピールすれば良いのにそれをしないのは、内心はやましさや不安を感じているからでしょう。何処までも矛盾に溢れた人達です。

次に、本当にLGBTの趣向は健全なものなのか、これを調べてみます。

同性愛を考えるうえでのポイントの1つとして、先天的なのか後天的であるか、という点です。
そこでまずは、同性愛者の方のコチラの記事をご覧下さい(一部抜粋します)。


僕の個人的な経験を振り返ってみると、僕が自分の同性愛の部分に気がついたのは高校生のときです。今思えば、小学生の頃からそういう部分があったのですが、初めてしっかりと認識したのは高校生のときでした。その当時、僕は自分のことを「バイ・セクシャル」だと認識していました。恋愛対象となるのは異性だけど、身体的な興味の対象となったのは同性だったからです。だから、同性に興味を持ちつつも、同性と「付き合う」という選択肢は自分の中には無く、付き合うのはいつも異性である女性でした。

これは、僕が精神的に同性である男性を愛することができなかったからではなく、「同性愛」という概念が僕の中に存在していなかったからだと思います。小さい頃から「両親」という異性カップルに育てられ、まわりを見ても男女のカップルしかいない。そんな環境で育ってきた自分には、「同性と付き合う」ということの意味がわかりませんでした。「男と付き合うなんて無理」だとか「そんなのおかしい」とか悩む以前に、その選択肢自体が僕の中に存在していなかったのです。

…….

高校三年生の頃、僕は同性愛者のためのSNSの存在を初めて知り、そこで初めて自分以外の同性愛者とつながるようになりました。そこで初めて自分の中に「同性愛」という概念が確立され、「同性と付き合う」という選択肢が出てくるようになりました

ここで話を冒頭にも書いた「同性愛は先天的なものか、後天的なものか」という議論にもどすのですが、上に書いた僕の個人的体験も踏まえ、僕は同性愛は「先天的であり、後天的でもある」と認識しています。つまり、人は誰しも生まれつき「同性愛」の部分を持っていて、その割合には個人差があり、同性愛の部分が占める割合が多い人もいれば、ほとんどない人もいます。これが「先天的」な部分です。

しかし、同性愛の部分を持っているから同性愛者になるというわけではなく、人が同性愛者として自覚するようになるには、環境的な要因がきっかけとなります。同性愛の部分の割合が大きい人でも、それに気がつくことができるきっかけがなければ、一生自分は異性愛者だと思いながら過ごしていくことになります。逆に、同性愛の割合が小さい人でも、何かきっかけとなる大きな出来事があれば、自分を同性愛者として認識するようになったりします。これが「後天的」な部分です。ちなみに僕の場合、この環境的要因は、同性愛者のためのSNSを見つけたことと、それにより他の同性愛者と関わるようになったことだったわけです。

よって、よく使われている「ゲイになる、レズビアンになる」という表現はおかしく、正確には「自分の中のゲイ/レズビアンの部分を認識するようになる」という表現の方がふさわしいと、僕は思っています。


まず、先天的な要因がある事を決して否定してはいけませんが、少なくとも後天的な要因(環境)がある事は紛れもない事実です
何故なら、前回の記事より、日本の政治家達にゲイが多いという事実が紛れもない証拠だからです。改めてコチラの記事を見て下さい(一部抜粋します)。


古代ギリシャでは知識人や貴族・軍人の間で「師弟愛」の名目で同性愛行為が行われた
ゾロアスター教など古代の宗教団体でも同じである。
上流階級ではバイセクシャルがごく平然と行われていた
今の日本の支配階層も同性愛者・両性愛者の人脈が多い。
同性愛と政治権力は切り離せない。


政治や宗教団体に属する人達の大半がたまたま先天的な要因を持っていたなんて、そんな事はまず有り得ないでしょう。というか、上記の強調した部分からも分かる通り、明らかに率先して同性愛行為を行なっているとしか思えません。完全に環境の問題(後天的)というか、こうなると単なる性癖の1つと言えるでしょう。

次に、同性愛自体について深堀りしていきますが、トランスジェンダーという方には当てはまらないと感じますので、あくまでLGBに限定していく事に致します。

…これからは非常に生々しい話題となりますが、ご了承下さい。また、自分は男性ですので、男性目線で話したいと思います。

この世の中、他人に知られたくない性癖を持っている人は少なくないと思います。むしろ多いと思います。
例えば、ゲームやアニメに親しんだ人はゲームの中の女性キャラクターやアニメのキャラクターを実際に好きになってしまい、実際に架空の女性キャラクターに性的興奮を覚える人は多いと思います。女性ではあるものの、実在する人間ではないものに性を見出すという事です。これは明らかに後天的による性的趣向であり、ある意味特殊な性癖とも言えます。

また、幼い頃に色気のある年上の女性に対して魅力を感じて性的興奮を覚えたりすると、現実でもアニメでも年上のお姉さんタイプに好意を抱きなりやすくなるかと思います。

今では一般的に例えられる様になりましたが、「フェチ」というのも同じです。
脚フェチ・声フェチ・二の腕フェチ・眼鏡フェチ・匂いフェチ、まだまだ色々とあるでしょうが、どれもが今まで育ってきた環境で目覚めた後天的な性の趣向です。人によって魅力に感じる部分が違うというだけです。
様々なジャンルのAV関連のアイテムが存在するのも、人によって色んな性の趣向があるという裏返しですし、実際に需要があるからです。

…上記に挙げたものは、友達に冗談で自分の性の趣向を話す事もあると思いますが、基本的には各自がそれぞれ内に秘めている事と思いますし、別に他人の性癖に対して差別だとかの感情なんて全く起こらないと感じます。とやかく言う事も全く無いのです。
それに、これらに対して性的欲求を発散する行動(要は自慰行為)を起こしたとしても、あくまで想像や妄想であったり、写真やイラスト、映像等を見るだけに留まると思います。

ただし、それらの性癖に対して度が過ぎた行為、要は一線を超えてしまうと、内容によっては「気持ち悪い」「危険な人物」と人から思われる事にもなりますし、犯罪にもなり得ます。

一例として、「女子高生という存在」が魅力的だと感じてしまう人にとっては、彼女達が着ている制服自体にも性的興奮を覚えてしまう可能性があります。
そして、それがエスカレートすると実際に制服を何かしらの手段で手に入れ、制服の匂いを嗅いだり自ら着たりして性欲を満たす行為に走る事となり、現実に窃盗事件に発展してしまう事にもなり得ます。一時期、ブルセラ(ブルマーとセーラー服の混成語(造語))問題も大きく取り上げられました。

同じ様に、女性の衣類を盗む泥棒がこの世に存在するのは事実です。映像や写真だけで欲を満たす事に飽き足らず、他人の女性が身に付けている物にまで手を出してしまう人は実際に存在する訳です。アニメキャラクターを好きになり過ぎて、アニメフィギュアを買ったり、等身大の抱き枕等を買ってしまう人も同じだと思います。

また、女性の普段見られない部分をどうしても見たくて、盗撮に走る人も後を絶ちません。某有名人も、盗撮や麻薬の常習が原因で、完全に芸能界を追放された事は記憶にあると思います。

…そういう人達に対して、特に女性からはどう思われるでしょうか?大半は「気持ち悪い」「近寄りたくない」「変態だ」と嫌悪感を抱かれるのも当然ですよね。同性であっても、そんな事実を知ってしまったら、例え友人であってもゲンナリしてしまうと思います。
この様に、度が過ぎた行為、一線を超えた性的趣向は誰でも嫌悪感を示すものです。だからこそ絶対に人には知られたくないですし、バレてしまったら大きな恥をかく事になるのです。場合によっては職を失う羽目にもなるのです。

…結論を言うと、そうなった人達は、好奇心や欲望に負けて理性を抑えられなかったという事です。そして、その様な行為をしてしまった人に対して、決して同情する余地は無いと思います。

さて、この様な度が過ぎる行為の対象が人間であった場合、どうなるでしょうか?

AVを見るだけでは済まされず、実際に見ず知らずの女性に触ったり襲ったりしたら間違いなく犯罪となります。これは誰でも分かりますね。
よって、好奇心や欲望を満たす為に風俗店に通ったりする人がいるのも事実ですが、風俗店に通いつめている実態を知ってしまったら、女性は誰でもその人に嫌悪感を示すと思います。

そして、危険な性癖として「幼女好き」というのもごく僅かですが存在すると思います。これは育ってきた環境によって、幼い女の子に性的興奮を覚えてしまった人です。恐らく、これもどう考えても後天的な趣向ですよね。
もし映像や写真だけでは我慢出来ず、実在の女の子を嫌らしい目で見る様になり、実際に触ったり連れ去ったりする犯罪行為に走ってしまったらとんでもない事です。犯罪者どころか、2度とまともな生活も出来なくなる程の制裁を受ける事になるでしょう。

そう考えると、ゲイやレズビアンの方達にとっても、人々から嫌悪感を持たれてもおかしくないのです。

上記の同性愛者の記事を改めて抜粋します。


…同性愛の部分の割合が大きい人でも、それに気がつくことができるきっかけがなければ、一生自分は異性愛者だと思いながら過ごしていくことになります。逆に、同性愛の割合が小さい人でも、何かきっかけとなる大きな出来事があれば、自分を同性愛者として認識するようになったりします。


この様に、同性愛の部分の割合が大きい人でも、それに気付く事になるきっかけがなければ同性愛者では無いという事です。例え同性に性的興奮を覚えたとしても、写真や映像、想像の中だけで留まり、内に秘めている限りはゲイやレズビアンとは言えないのではないでしょうか?というか、世間的には分からないのです。
また、後天的であれば意識の問題でもありますから、環境が変われば異性を友達以上として意識し、いずれは恋愛感情を持って、純粋に異性を愛する事が出来るかもしれないのです。

しかし、この世でいう後天的なゲイやレズビアンという人達は、写真や映像の中だけでは収まらず、お互いの同意があったとはいえ、実際に同姓の人間に対して面と向かって愛を示した、人によっては手を出して抱いたという事です。要は、一線を超えてしまったという事です。

そして、そういう行為を行なってしまったゲイやレズビアンの方達に対しては、やはり一般の人達の感覚からすると恥ずかしいと感じますし、「異様」に写ってしまうのも致し方ありません。事実、バイセクシャルという人も存在する以上、同姓しか愛せない心を持っていると言われても、単に同姓に対する性的趣向を持っているだけなのではないかと感じてしまうのです。

自分なりの意見を述べさせて頂きました。別に差別でもなんでもなく、正直な感想です。

ただし、日本のゲイの政治家達にとっては少々話が変わります。
彼らは単に性的欲求を求める対象が制服や衣類等の物体ではなく、同性の人間であるだけの事なのです。自ら進んでゲイ同士、淫乱な行為にふけり、場合によっては権力や脅迫を持って従わせ、相手が望まなくても無理やり同性愛を押し付ける連中なのです。

…かの大御所ジャニーズ事務所の社長の同性愛の実態を知りたい方は、コチラをご覧下さい。あまりにも気持ち悪い内容なので、記事の抜粋は行ないませんが。
この様な行為は完全に「異常な性癖」と捉えられるのが自然でしょう。
そうです。政府は、こんな人間の性癖も「異常ではない。容認しろ。差別するな。」と擁護している様なものです。

RAPT氏の下記記事をご覧下さい(一部抜粋します)。

・ 「同性愛」差別と「同性愛」の普及を糾弾することとは異なります。しかし、いずれにせよ「同性愛」は正常な感覚ではありません。


「同性愛」というものは明らかに一つの偏った性癖であり、正常な性意識を持っている人間にとって、これは「小児性愛」とか「サド」「マゾ」などといった異常な性癖と似たようなものであると考えざるを得ません。
自分のことを「小児性愛」であるとか「サド」であるとか「マゾ」であるとか、堂々と公言してこの世を生きる人はほとんどいません。たまにいるかも知れませんが、普通はそういったことを隠します。
なぜ隠すかといえば、それが恥ずかしいことだと自覚しているからでしょう。「同性愛者」もまたその性癖を普通は隠しますが、やはりそれが恥ずかしいことであると自覚しているからではないかと思います
そのため、「同性愛者」たちがこの世で肩身の狭い思いをされているのは理解できますが、私から言わせてもらえば、それはもはや仕方のないことだと思います。「同性愛者」に限らず、どんな分野においても、少数派の人間というものは世間から浮いてしまうものです。ときに周りから白い目で見られたりもします。学問の世界で他の人と違う意見を持ったり、宗教の世界で他の人と少し違う宗派に属したりしても、少なからず差別を受けるものではありませんか。

…….

ところが、政府やマスコミはこのようなことを差別だと言い、その一方で「小児性愛」については厳しく断罪し、児童ポルノに対して厳しい規制をかけようとしています。「同性愛」というマイノリティは政府が公認し、「小児性愛」というマイノリティは政府が規制するとは、一体どういう判断基準から来ているのでしょう。私から言わせてもらえば、「同性愛」も「小児性愛」も異常な世界には変わりがなく、どちらも規制すべきものとしか思えません


私やRAPT氏を問わず、正常な性意識を持っている人の多くは同じ意見だと思います。人によっては「すぐ差別という流れになる」というウンザリとした感情から、言葉や記事には出さないだけだと思いますが、異性を性の対象として見る人にとっては自然な気持ちです。例えこれを聞いて苦しいと思っても、話題が違えば同じく少数派故に苦しむ人はいるという事です。それに対し、同性愛だけは認められる、そんな矛盾は明らかにおかしいのです。続けて一部記事を抜粋します。


もっとも、私は決して「同性愛」の差別を推奨しているわけではありません。それだけは誤解してほしくはありません。ただ「同性愛」を当然のものとして受け入れさせようとする政府やマスコミの動きを警戒しているのです。忌避しているのです。糾弾しているのです。マイノリティの世界はマイノリティの世界のままにしておいてほしいと言っているのです。少数の人しか持たないおかしな感覚を国民全体に押しつけないでくれと言っているのです。
とにかく、普通の人なら「同性愛」を気持ちの悪いと感じるのは当然の感覚であり、このような正常な感覚こそ幼い子供たちが身に付けるべきものです。子供たちに「同性愛」という異常な感覚を持たせてはいけません。子供たちにそのような異常な世界があることを教え、その世界に興味を持たせるようなことをしてはいけません。

しかし、もしこのような発言をすることすら差別だというなら、私は逆にそれを言論弾圧だと主張します。私はあくまで正しいことを正しいと主張しているだけです。皆がまともな感覚を持つように主張しているだけです。政府やマスコミが何を言おうと、私はこのような正常な感覚がこの世に満ちるよう推進していくつもりです。


これは、LGBの方達にとっても理解出来る部分があると思います。
どう考えても同姓しか愛せないという人同士がいたとしても、別に「結婚」という肩書無く同棲し続ければ良いと思うのです。平和に過ごせる方が、下手に注目されるよりもずっと安心出来るのではないでしょうか。
また、日本会議が自作自演という非道な行為をしてでも同性愛を認めさせようとする流れに対し、我々国民は決して騙されずに意思表示をすべきだと思います。嫌なものは嫌なのですから。

考えてもみて下さい。
もし同性パートナーシップや同性婚が認められ、LGBTは当たり前であり自然な事であると実際に容認されたとしても、我々国民はもちろん、一般のゲイやレズビアンの方達も不幸な目に会うのは目に見えています。

何故なら、これらの容認は政府が勝手に無理やり認めただけであり、国民の同意なんて全く得ていないからです。

そうなるとどうなるでしょうか?例えLGBの方達が堂々と「私達はLGBです」と主張出来る世の中になったとしても、世間の目は非常に冷たいものとなるでしょう。逆に、認められる事で下手に一般のLGBの方達がクローズアップされてしまうと、逆に身近な市民から益々嫌がられ、非難が助長される危険性もあるのです。今まで普通に暮らせてきたのに、多くの国民から異常な目で見られ始める程、LGBの方にとって耐えられないものは無いでしょう。あまりにも苦しくて、生きるのも辛くなってしまう方も出てきてしまうかもしれません。

人間は誰でも感情で動く一面を持つのです。LGBが認められようが、「同性愛」を嫌だと思う気持ちは絶対に消えないのです。それを言論統制という形で拒否する事すら駄目だという風潮になれば、世の中の人間はどんどん不満と怒りが溜まっていく事になるでしょう。
LGBの方達にとっても、これは他人事では無いと思うのです。

「LGBTへの差別」というキーワードも、政府が故意に作り上げているだけなのではないかと疑っています。別に国民は、露骨な差別感情をLGBの方達に対して抱いている訳では無いのですから。

生長の家(大本教)が企んでいるのは、自らの異常な性癖を無理矢理にでも正当化させる事と、同性愛を普及させて性に対する感覚を滅茶苦茶にする事です。もちろん、人口削減も狙っています。
そして、異性愛・同性愛問わず、性的に国民を乱れさせて日本を破壊しようとしています。性が乱れるとどうなるのか?RAPT氏の下記記事も参考にしてみて下さい。

・ 性の乱れが文明を崩壊させる。その原理について。

日本政府自体が危険な思想を持っているだけに、LGBTの問題に対しても注意深く見ていかなければいけないでしょう。我々日本国民も、うかうかしていられませんよ。

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