ローマ法王の素顔

前回のハロウィンの記事にて、ハロウィンという祭の起源というものがどれ程悪魔的なものだったかをお話したと同時に、聖書の話題も少なからず出しました。よって、今回はローマ法王(正式名:ローマ教皇)についてお話したいと思います。

基本的に日本人は無宗教な為、あまり馴染みが無いかもしれませんが、この世にはローマ教皇という方がいらっしゃいます。写真はフランシスコ(現ローマ教皇)です。

ローマ教皇に対する一般認識としては、

・ヨーロッパのバチカン市国に滞在している。
・カトリックの総本山。
・この世で最も清い人物にしかなれなさそう。
・ガンジーの様な仏様と同じく、性行為やその他一般の娯楽を一切した事が無さそう。
・慈愛と平和を誰よりも重んじるお方。

大体こんな感じでしょうか?
この地球上において、日本の天皇に次いで最も地位の高い人物である事は事実です。…えっ?日本の天皇の方が地位が高いの?と思った方はコチラをご覧下さい(記事から一部抜粋します)。


日本の天皇陛下の権威はローマ法王と並び、世界最強クラスです。しかし、天皇陛下の権­威を日本人は知らず、誤解されている部分も多くあります。海外でもその権威は健在で、­エリザベス女王も、アメリカ大統領よりも上の存在です。世界で唯一「エンペラー」と呼­ばれる存在で、日本人がその権威を知らないのは、おかしなことです。ぜひこの動画を通­じて、日本の天皇陛下について知っていただきたい。


逆に海外の方達からすると、日本の天皇の事はそれ程知らないでしょうからローマ教皇がトップであるという認識だと思いますが、少なくとも権威という面で見ると天皇はローマ教皇以上の存在なのです。
何にせよ、ローマ教皇はこの世で最も高い権威を持つ人物の一人で間違いないと思います。

さて、ローマ教皇の務めとは何かと言えば、かのイエス・キリストが説いた教えを世界に広め、この世に平和をもたらす事ですね。要は、キリスト教の布教の中心人物な訳です。誰よりも聖書(旧約・新約問わず)を熟知し、自らキリストの分身となってこの世の中を平和に導きたいと願っている人物です。

では、ローマ教皇が実際に行なってきた事、そしてバチカンがどういうものなのかをここに記していきたいと思います。

実際にローマ教皇も滞在する、サン・ピエトロ大聖堂の内部写真をコチラにてご覧下さい。

【その1】

非常に有名なマリア像ですね。カトリックでは「マリア崇敬」のごとく聖母マリアを崇拝しており、多くの観光客及び聖職者はこの像を拝む事となります。

ですが、聖書においてマリアという女性は単にイエス・キリストの生みの親でしかありません。最も敬うべきなのはもちろんイエス・キリストであり、主である全知全能の神です。
しかもこの像では、当のキリストは十字架に架けられて息を引き取った後の様子が表現されています。キリストを称えるのであれば、生きている時の栄光を表す様な像にすべきではないでしょうか?

何にせよ、「マリア崇敬」という考えそのものが聖書の教えを履き違えている証拠です。

【その2】

現ローマ教皇はイエズス会の出身です。
ここで、イエズス会の紋章を見てみましょう。

…なんか、お世辞にも崇高とは言えず、目がチカチカするというか、何か気持ち悪い紋章ですね。
次に、サン・ピエトロ大聖堂にある「聖ペトロの司教座」の写真を見て下さい。

これはローマ教皇だけが座る事が出来る巨大な椅子です。背後に輝く黄色とオレンジのステンドグラスが特徴的ですね。

さて、この2つを見る限り、どちらも「太陽」を連想させますね。紋章なんて、どう見ても太陽です。そして、紋章の太陽の回りに描かれているクネクネしたものですが、個人的には蛇の尻尾にしか見えないです。

そして、旧約聖書にはっきりと書かれておりますが、太陽を崇拝する行為そのものが「悪魔崇拝」です。
神様が太陽を創造しましたが、聖書ではひたすらに「神をあがめよ」と説いています。そして、神様以外のものを拝む行為は偶像崇拝であり、その行為は厳しく禁じられています。


– 旧約聖書:エゼキエル書:8章 –

彼はまたわたしを連れて、主の家の内庭にはいった。見よ、主の宮の入口に、廊と祭壇との間に二十五人ばかりの人が、主の宮にその背中を向け、顔を東に向け、東に向かって太陽を拝んでいた。時に彼はわたしに言われた、「人の子よ、あなたはこれを見たか。ユダの家にとって、彼らがここでしているこれらの憎むべきわざは軽いことであるか。彼らはこの地を暴虐で満たし、さらにわたしを怒らせる。見よ、彼らはその鼻に木の枝を置く。それゆえ、わたしも憤って事を行う。わたしの目は彼らを惜しみ見ず、またあわれまない。たとい彼らがわたしの耳に大声で呼ばわっても、わたしは彼らの言うことを聞かない」。


ここで言う「主」とは、神様の事です。その主に背を向け、太陽という「神様ではないもの」を拝んでいた、すなわち主の言葉に耳を傾けず偶像崇拝にて反逆していた、とも取れます。そして、実際にこの二十五人ばかりの人は裁かれる事になるのです。

よって、太陽の紋章にする事自体が神様を侮辱する、神様に反逆する行為なのです。また、先程自分が「蛇の尻尾にしか見えない」と書きましたが、蛇は聖書で悪魔に例えられている動物です(実在の動物の蛇に罪は無いですよ)。
「いや、別に蛇の尻尾を表現した訳ではない!」といくらでも言い訳出来ると思いますが、じゃあなんでこんな不気味なクネクネをわざわざ紋章に描いているんですかね?

何にせよ、聖書の説いている教えを理解していないどころか、反逆していると捉えられてもおかしくないのではないでしょうか?

【その3】

現ローマ教皇ですが、同性愛について下記発言をしていた事が分かります(コチラより記事の一部を抜粋します)。


ローマ(CNN) ローマ・カトリック教会のフランシスコ法王が同性愛者の男性に、創造主である神が「あなたをそのようにつくった」との言葉をかけ、性的指向は「問題ではない」と言明したことが分かった。

チリのカトリック聖職者らによる性的虐待問題をめぐり、先月バチカンで法王と面会した虐待被害者の1人、ホアン・カルロス・クルーズさんが、CNNとのインタビューで語った。

クルーズさんは法王と3日間にわたって面会した。この中で自身が同性愛者だと告げると、法王は「それは問題ではない。神はあなたをこのようにつくり、このままのあなたを愛している」「あなたも自分自身を愛しなさい。人々の言うことを心配してはいけない」と話したという。

同性愛を「客観的な逸脱」と見なすローマ・カトリック教会の立場とは、一線を画した発言といえる。


はっきり言っておきますが、創造主である神は男と女とを創り、子供を産んで繁栄させよと言ってます。


– 旧約聖書:創世記 第1章 –

神はまた言われた、「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」。 神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。 神は彼らを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」


よって、神が同性愛者を創造し、同性愛によって子供が産めなくなる事を容認するなんて事は絶対にあり得ないですし、第一、旧約・新約含めて、聖書にて「同性愛者を創造した」なんて旨の言葉は一切ありません。「生めよ、ふえよ」に反する発言を堂々とするなんて、とても教皇とは思えませんね!!一般人の自分ですら、これくらいは理解出来ますよ。完全に現ローマ教皇は、神の言葉ではなく「自分本位の言葉」で伝えているのです。
続けます。


– 新約聖書:ローマ人への手紙 –

神の怒りは、不義をもって真理をはばもうとする人間のあらゆる不信心と不義とに対して、天から啓示される。なぜなら、神について知りうる事がらは、彼らには明らかであり、神がそれを彼らに明らかにされたのである。神の見えない性質、すなわち、神の永遠の力と神性とは、天地創造このかた、被造物において知られていて、明らかに認められるからである。したがって、彼らには弁解の余地がない。なぜなら、彼らは神を知っていながら、神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その無知な心は暗くなったからである。彼らは自ら知者と称しながら、愚かになり、不朽の神の栄光を変えて、朽ちる人間や鳥や獣や這うものの像に似せたのである

ゆえに、神は、彼らが心の欲情にかられ、自分のからだを互にはずかしめて、汚すままに任せられた。彼らは神の真理を変えて虚偽とし、創造者の代りに被造物を拝み、これに仕えたのである。創造者こそ永遠にほむべきものである、アァメン。

それゆえ、神は彼らを恥ずべき情欲に任せられた。すなわち、彼らの中の女は、その自然の関係を不自然なものに代え、男もまた同じように女との自然の関係を捨てて、互にその情欲の炎を燃やし、男は男に対して恥ずべきことをなし、そしてその乱行の当然の報いを、身に受けたのである

そして、彼らは神を認めることを正しいとしなかったので、神は彼らを正しからぬ思いにわたし、なすべからざる事をなすに任せられた。すなわち、彼らは、あらゆる不義と悪と貪欲と悪意とにあふれ、ねたみと殺意と争いと詐欺と悪念とに満ち、また、ざん言する者、そしる者、神を憎む者、不遜な者、高慢な者、大言壮語する者、悪事をたくらむ者、親に逆らう者となり、無知、不誠実、無情、無慈悲な者となっている。彼らは、こうした事を行う者どもが死に価するという神の定めをよく知りながら、自らそれを行うばかりではなく、それを行う者どもを是認さえしている。


「女との自然の関係を捨てて、互にその情欲の炎を燃やし、男は男に対して恥ずべきことをなす」、これがいわゆるゲイという事ですね。この情欲に身を任せた行為は明らかに神様への反逆として、神様はこの者達に裁きを与えました。
この御言葉ですが、同性愛は先天的なものでは無く、後天的である。そしてそれは自然な気持ちでは無く情欲(罪)である。聖書の神様は私達にはっきりとそう伝えてくれている気がします。

キリスト教にとって聖書は絶対的な存在ではないのですか?ここまで神様に反逆する様な発言が何故出来るのでしょうか。
とは言え、ローマ教皇が何故同性愛を容認し始めたのか?…その答えは下記記事で理解出来るでしょう(一部抜粋します)。

・「カトリック聖職者の半数以上はゲイだ」バチカンの元関係者が発言


バチカンにゲイの聖職者が多い理由

バチカンで働いていた神学者であるDavid Berger氏は、カトリック教会で働いている聖職者の半数以上はゲイであると話した。彼自身もゲイであることをオープンにしている。更に、彼はバチカンにゲイの聖職者がいることでカトリック教会はうまく回っているのだと発言した。

…….

ゲイであることはキャリアの形成に役立つ

Berger氏はバチカンにあるローマ法王庁聖トマス・アクィナス・アカデミーで働いていたが、ゲイであることをカミングアウトした際、退職を迫られた。

しかし、彼はゲイであることはさらなるキャリアを目指すうえで役に立つと話す。彼によると、バチカンでは「ゲイであることは重要な権力装置」であり、カミングアウトした聖職者は「究極の脅威」であるとみなされるというのだ。


カトリックの総本山であるバチカン、そこの聖職者達の多くがゲイだったという事です。…これがバチカンの裏の顔だった訳ですね。もはや彼らはイエス・キリスト及び神様を拝む振りをしていながら、堂々と聖書に対する罪を犯し続けていたという事です。この罪は、彼らの行ないを容認してきた教皇とて同じです。
カトリックが主流であるイタリア人の方達は、この事実を知っているのでしょうか?それ以前に、彼らはバチカン、そしてローマ教皇をどう思っているのでしょうか…?

バチカンの罪は、実はこれだけではありません。
聖書に反逆しているどころか、実際に生贄儀式や殺人を行なってきたのです。2014年ですが、コチラの記事をご覧下さい(一部抜粋します)。


世界的な権力を振りかざす者たち(イエズス会、バチカンカトリック教会、ヨーロッパ王族)による児童拉致、売買、虐殺、強姦が法廷に立った証言者によって明らかになっています。これらの犯罪者に対する裁判が始まりました。
裁判により、彼らがいかに多くの児童や新生児を殺害してきたかが分かります。殺害する前に子供達を強姦して、殺害した後に人肉を食べ血を飲んでいたのですから。。。。いかに頭が狂っているかが分かります。

…….

ヨーロッパの王族もこのような生贄儀式に参加しているのですが、王族だけでなく、イルミナティのビルダーバーグや他の組織、やフリーメーソンでもこのような生贄儀式が行われていることが分かっています。世界中のあちこちで子供たちが拉致、監禁され、生贄儀式に使用され。。。彼らの好きなようにされているのです


世界的に行われてきた児童売買と儀式的殺害の罪で告発された複数の教会指導者らの裁判が開始しました。
法廷では8人の証人(被害者)らが彼らの犯罪を証言しています。
被害者の証言により教会指導者らや王族らが実際にどのような犯罪を行ってきたのかが分かってきました。

どのような犯罪かというと。。。

英王室、オランダ王室、ベルギー王室は、英国教会が所有するカナダのインディアン居住学校 で発生したモホーク族の子供たちの拉致事件と殺害事件に関与していた。
イエズス会の資料には、ローマ法王には新生児の儀式的殺人を行う特権が与えられていると記されている。さらにベネディクト(前)法王は第2次世界大戦中に生贄儀式を行う闇の騎士団に所属していたことが分かった。
証拠資料によると、ローマ・カトリック教会と英国教会は、世界中に児童売買ネットワークをはり巡らせ、世界中の児童を拉致し、生贄儀式では、児童を強姦したり、拷問を加えたり、殺害していた事が分かった。
2人の若い女性被害者らは、2009年と2010年に、第9サークル(児童生贄ネットワーク)による恐怖のカルト生贄儀式の中でホルヘ・マリオ・ベルゴリオ(後にフランシスコ法王)に実際に拷問を加えられ強姦されたと法廷で証言した。
生贄儀式の目撃者(被害者)の証言によると、儀式に参加した者(教会の指導者)たちは、儀式中に新生児を石の祭壇に載せ、身体を細かく切断した後、新生児の血を飲み、肉や骨を食べたことが分かった
被害者の証言では、1960年代に行われた生贄儀式には、ベネディクト(前)法王、枢機卿のダッチ・カーディナル・アルフリンク(Dutch Cardinal Alfrink)、そしてベルンハルト・ファン・リッペ(オランダのユリアナ女王の王配)などが参加したことが分かった。
最近では、2009年と2010年に、オランダとベルギーで行われた生贄儀式中に新生児が殺害された。
このような生贄儀式には、カトリック教会や英国教会だけでなく、英国王室、ベルギー王室、オランダ王室が関与していたことが分かった。彼らはカナダのブラントフォード居住学校からインディアンの子供たちを拉致し、儀式中に殺害していた

etc…
※実際の英語のサイトはコチラになります。


バチカンこそがキリスト教の長であると信じてきた信者がこれを聞いたら、頭がおかしくなってしまうのではないでしょうか?いや、我々一般人でさえ、とてもすぐに信じられる内容ではありません。ですが、これは現実です。
2009年を、昔の事だと思いますか?思いませんよね。10年近く前とはいえ、現代の出来事です。そう、現代でもハロウィンの生贄儀式の様なイベントが行なわれてきたという事に愕然とします。
ちなみに、この事実を初めて知った方も多いのではないでしょうか?そうですね、こんな世界的な大事件を、日本のメディアは知らんぷりしていた訳です。本当にどうしようもない国ですね。

合わせて、RAPT氏の下記記事もご覧下さい。

・〈TALK RADIO〉悪魔崇拝はあるのか? エリザベス女王とローマ法王による5万人の幼児虐殺事件について。

RAPT氏の記事内で、実際の告訴状を拝見出来ます。また、カナダでの大虐殺事件については、下記Youtubeで詳細が分かりますので。

これらの告発で、バチカンはおろか、英国王室(エリザベス女王)も関わっていた事にも衝撃を受けました。英国王室の華やかな面しか日本のメディアは放送しませんが、…本当に「マスゴミ」という言葉の意味が良く理解出来ますね。

…以上、バチカン及びローマ教皇の実態を書きました。これだけでもバチカンが、聖書の神様ではなく悪魔を拝み、ことごとく聖書に反逆している事が分かったと思います。そして日本はおろか、世界中のトップも悪魔の様な人間達ばかりだという事です。これなら、世界中で争いが行なわれ続け、平和とは程遠い不安だらけの世の中になってしまうのも致し方ありません。

それにしても、本当に凄い世の中ですね(汗)。この事実も知っておいて損は無いと思いますよ。

…ここからは番外編ですが、現ローマ教皇の大元である「イエズス会」について説明しておきます。

イエズス会の創設メンバーの1人である、フランシスコ・ザビエルは非常に有名ですね。歴史の教科書でもお馴染みの人です。

もちろんザビエルはキリスト教の司祭であり、日本に初めてキリスト教を伝えたと人として認知していると思います。

さて、お馴染みのこの絵ですが、黒服なのもそうなんですが、

なんで心臓らしきものを手に取っているんでしょうか?

これを不思議に思った方もいらっしゃると思います。

結論を言うと、この心臓は単なる絵ではなく、大きな意味を持っております。それを、RAPT氏が見事に解き明かして下さっております。

・イエズス会と真言密教と浄土真宗と人肉食信仰「クロ宗」の奇妙な接点。フランシスコ・ザビエルを日本に招いた「ヤジロウ」から分かる悪魔教の現実。

・イエズス会とキリシタン大名が行った数々の悪行。彼らの信じる神は悪魔教の神「太陽神」と「八岐大蛇」でした。

世界史はおろか、日本史のお話も出てきますので、興味のある方はぜひ読んでみて下さい。

簡潔に書きますが、どうやら日本にザビエルを招いてキリスト教の布教に携わったのが鹿児島の「ヤジロウ」という人です。
しかし、このヤジロウという人は隠れキリシタンでもなんでもなく、聖書の神様ではなく悪魔を拝んでいました。要は、鹿児島の一部地域で密かに信じられている人肉食信仰「クロ宗」の信仰者だという事です。RAPT氏の前者の記事より一部抜粋します。


ではクロ宗は如何なる秘儀によって成立しているのか。その秘匿性は奈辺にあるのか。
それは「生き肝とり」という秘儀の故であると言われている。
この場合の生き肝とりとは、人間の臨終に際して、即座に胸を切り開いて生き肝(心蔵)を取り出すのだという。
つまり供犠の儀礼である。神に捧げる生贄として心蔵を切り取る。
この儀礼を村びとの死に立ち合うサカヤが執行する。この場合、カトリックという表層宗教が地上から隠れ教会から離れて基層へと埋没して行く時、基層民俗の生贄の祭儀へと帰着していったのか。
別の言い方をすれば、カトリックの深層に潜む供犠の宗教を帰趨としたのか。


もちろん、RAPT氏の記事を良く読まないと理解しづらいかもしれませんが、結局ザビエルが唱えたキリスト教とは、イエス・キリストの教えではなく悪魔的儀式等、神様に反逆する悪魔教であったという事です。まだ生きている人間の心臓を取り出すなんて行為は完全に人身供養であり、儀式殺人です。犯罪です。

これでザビエルの絵の説明が付きますね。手に持っているものは、正に彼が儀式として生きた人間から取り出した心臓だったという訳です。

…何というか、悪魔崇拝という現実を知る事によって、多くの歴史の矛盾や嘘が面白い様に解かれていくみたいです。

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