神社仏閣で拝む意味は全くありません 01

多くの日本人は、大晦日から年始にかけて、毎年最寄りもしくは有名な神社に行ってお参りをします。
特に明治神宮等の大きな神社は人気も高く、毎年多くの参拝者が訪れますし、お参りする為に1時間以上待たされる事もザラです。

また、七五三や受験前のゲン担ぎ、さらにお百度参りや四国八十八箇所の巡拝等、日本は古来から今でも仏教の流れを持った国であります。

しかし、何故か日本は「無宗教国家」と呼ばれていますし、事実ほとんどの国民は宗教というものに興味を抱いておりません。むしろ、創価学会や統一教会等が連想される為か、世間は「宗教」という言葉を理由もなく煙たがる気さえします。
その割にはクリスマスやハロウィン等、完全なる宗教的行事なのに華やかなお祭りであればそれを受け入れるという、良く言えば「自由」、悪く言えば「不可解」な考えを持っているのです。

何と言うか、日本人は宗教自体に興味は持たないとしても、決して無神論者ではないと感じます。コチラの記事をご覧下さい(記事の一部を抜粋します)。


あらゆるものに神が宿る神道の考え

現在、日本の宗教人口は平成26年の文化庁の調査によると、神道が約49%、仏教が約46%となっており、ほとんどの人が神道か仏教のいずれかを信仰していると答えています。古来より、日本人が信仰してきた宗教は「神道」でした。山や海、川や植物など、あらゆるものに神が宿ると考え、畏れ敬い、自然のすべてが神そのもの捉えていたのです

…….

「無宗教」だけれど、「無神論」ではない日本人

神道と仏教の割合が多いとされる日本ですが、ロイターの記事によると、アメリカの調査機関ピュー・リサーチ・センターが2012年に発表した統計では、日本人の約6割が「無宗教」という結果が出ているそうです。これは、神道や仏教には入会儀式が存在せず基準が曖昧なため、現状と報告上の数値で差が出るためと考えられます。実際に「信仰している宗教は?」と聞かれて、すんなり「仏教」もしくは「神道」と答えられる日本人は少ないのではないでしょうか?

また、日本人は唯一神を信じ、熱心に信仰するということに抵抗感がある人が多いと言えるでしょう。特に新興宗教に強い警戒心を抱きます。これは戦前に天皇を神とし、妄信的なまでに推し進められた国家神道の政策や、1995年にオウム真理教が起こした「地下鉄サリン事件」などをはじめとするカルト教団の存在など、これまでの歴史が大きく関わっているといわれます。

しかし、間違えてはいけないのは、日本人は決して神を信じていない「無神論」の民族ではないということです。神様はいる、もしくはいるかもしれないと思っているけれど、「これ」といえる宗派に属していないというのが多くの日本人のスタンスなのです。


非常に上手くまとめてくれています。全く神を信じない無神論者であれば、そもそも初詣やクリスマスには見向きもしないはずだからです。やはり、心の内には「漠然としてるけど、神様はいるのではないか?」と多くの人が思っているはずです。

…ですが、それと同時に、

単なる世間一般の風習に流され、訳も分からず形式的に行なっている

これが大半の意見ではないかと感じます。要は、宗教的行事を単なる習慣と片付け、深く考えずに行動しているだけではないでしょうか?

こう言われると、人によって事情は違えど思い当たる節はあると思います。

自分の例を挙げますと、友達は毎年初詣に行き、混雑の中でお参りを済まして熊手や交通安全のお守りを律儀に買っておりました。
しかし、何年か前に交通事故に遭いました。加害者でなかった事が幸いでしたが、重傷(骨折)であった為に本人は数カ月入院しました。
今はもう手術も終わって退院し元気に過ごしていますが、現在も相変わらず初詣のお参りは欠かさず、やはり熊手と交通安全のお守りを買っています

…別に本人を悪く言うつもりはありません。
ですが、交通安全のお守りを買っておきながら「交通事故」に遭った時点で、お守り自体に全く効果が無い事に疑問を感じないものなんでしょうか?実際に「買っても意味が無いのでは?」と冗談まじりに話した事もありますが、特に疑問も持つ事は無かったのです。
別に買っても何も変わらない位、誰でも心底では思っているはずです。だって、お守りなんて単なる物体ですから。それを買ったところで何も人生変わらない、そんな事は誰もが理解出来る、でもいきなり買うのを止めてしまったら何か怖い、不安だ。そんなところではないでしょうか?

はっきり言っておきますが、日本の神社仏閣に携わっているお坊さんが全て神聖で厳格でまともな人だと思ったら大間違いです。
去年発生した、富岡八幡宮での残忍な殺人事件があった事を覚えているでしょうか?Wikipediaより一部抜粋します。


2017年12月7日、富岡八幡宮第21代宮司(以下、A)が、神社近郊の路上で前々任の第20代宮司であった実弟(以下、X)に日本刀で斬りつけられ、殺害された。Aが搭乗していた車の運転手も、共謀していたと思われるXの妻(以下、Y)などに追跡され、傷害を負ったが命に別状はなかった。その後、XはYを神社敷地内で殺害した後、自殺した。

…….

富岡八幡宮は勧進相撲発祥の地として広く知られており、地元民から八幡様の名称で呼ばれている由緒ある神社だった。富岡八幡宮が観光スポットとして年間30万人の集客力を見せ、数十億円の集金力がある金満な経済地盤があり、不動産収入でも隣の商業地やマンションから個別に数万の土地代が入ってくる裕福ぶりだった。別表神社の序列にも列挙されている。

1995年、Xは、実父である第19代宮司(以下、19代目)から、地位を受け継ぎ、同神社の第20代宮司に就任した。Xは参拝者を広く呼び込むために、勧進相撲発祥地であり、横綱力士碑が建立されていることなどを利用し、新横綱の土俵入りを記念する興行などを神社で行い、来訪者を集めていた。その一方でXは、神社の賽銭などを使って、銀座などのクラブで飲み歩いたり、ラスベガスのカジノで賭博行為を日常的に行ったりするなどの放蕩行為が問題視されていた。これを見兼ねた19代目の意向を受け、2001年にはXの宮司の職階が解かれ、19代目が宮司に復帰した。この頃から、Xは、解任されたことへの逆恨みから、怪文書を送りつけるようになり、2006年には「積年の恨み。地獄へ送る」と脅迫的な内容の葉書をAに送付したことで、警視庁に逮捕された

2010年、19代目は高齢のため宮司の職を退き、後継者として禰宜であったAを指名したが、神社本庁からの返答はなく、事実上宮司就任拒否の状態が続いたため、長期にわたって宮司が存在しない空位になった。A側も弁護士を介入させ、就任拒否に抗弁するも突き返されるなど、話し合いが一向に進展しないことに業を煮やし、2017年9月28日、同神社の責任役員会は、神社本庁より脱退。これにより、Aが正式に第21代宮司に就いたものの、この離脱騒動の最中で、Xは腹を立て、Yの名義で神社本庁に告発状を送付するなどの嫌がらせを、神社の顧問弁護士から警告を受けるまで繰り返した。Aは、Xが書いた中傷文を自らのブログで公開し、その内容について「驚く事に、私の父親と母親と私の誹謗中傷を超えた創作妄想物語」と評し、彼の言動についても「嫌悪感以上の異常さを感じました」とコメントしている。Xは、事件を引き起こす直前にも、「私は死後も怨霊となり、永遠にたたり続ける」など、同じく脅迫めいた文章を交えて、自分の息子を宮司に指名することを要求する脅迫文を学校や責任役員の自宅に送り付けていた。事件直前、Xは約2800通の手紙を全国の神社関係者や氏子達に送っていた。手紙には被害者Aへの中傷及び追放の要求、そして「死後においてもこの世に残り、怨霊となり、たたり続ける」などの脅迫が書かれていた。

※報道された事件のYoutubeの映像は下記になります。


富岡八幡宮といえば、日本でも有名な国家神道系の神社であり創建は1627年と、非常に古くからある建造物です。

国家神道は日本政府や天皇つ深く繋がりのある宗教である為でしょうか?Wikipediaの記事も実名ではなく「A」や「X」という名称で置き換えられていますね。殺人事件があった以上、実名をキチンと記載するべきだと思うのですが。
何にせよ、あまりにもおぞましい事件です。Aという人物自らの堕落によって逮捕となったのに、どれだけ凄まじい怨念なのでしょうか?つくづく、この様な世界に関わって来なくて良かったと思います。ここに毎年お参りに来ていた方達も、まさか自分が拝んでいた神社に携わっている人がこの様な増悪にまみれたものだったとは想像も出来なかったでしょう。

しかし、こんな事件があった翌年も例年通りに富岡八幡宮に初詣に行った人が大勢いるんですから呆れてしまいます(コチラより一部抜粋します)。この事実が、いかに風習・習慣に縛られているかを痛感させられます。


昨年末、神職トップの女性宮司が元宮司の弟に殺害された事件が起きた富岡八幡宮(東京都江東区)。例年三が日は約十五万人でにぎわうが、初詣客らによると、いつもに比べて人出はやや少なめ。事件が影を落としている。
「やっぱり少ないね…」「すいてるからいいんじゃない?」
晴天に恵まれた二日午後一時すぎ、本殿に続く参道で、参拝に向かう親子連れがささやいた。長い行列がないため、立ち止まることなく本殿に進み、さい銭を投げ入れた。


もし初詣に行こうと思っても、富岡八幡宮ではなくせめて他の神道系の神社等に行こうと思わないのでしょうか?

ハロウィンだってそうです。過去の記事でも書きましたが、ハロウィンの起源は完全なる悪魔的宗教儀式(殺人)であると調べれば誰でも分かるのですが、メディアの宣伝につられて毎年ハロウィンパーティーを実施しては、世間に多大な迷惑を掛けているのが現状です。
大体予想はしていましたが、今年もハロウィン祭にてちらほらと事件が出ております。

・ハロウィーンの渋谷、逮捕者5人 囲まれた軽トラは横転

・公務執行妨害や窃盗などの疑い 渋谷のハロウィンで男7人逮捕

「軽トラック横転」の事件なんて、ヤラセじゃないのか?と思う程の酷い有様です。また、海外でもハロウィンによる精神の乱れによるものでしょうか?フランスではさらにとんでもない事件にまで発展しています。

・【現地SNS投稿】フランスのハロウィンが暴徒化で放火・略奪などが発生! ガラスを割ったり街灯を切断する人々を収めたSNS投稿も(一部抜粋します)


ロイター通信によれば、フランスのパリやリヨンで、ギャングに仮装した若者らが暴徒化し、少なくとも100人以上が逮捕されたという。警察と揉める若者、ガラスを割ったりバスに爆竹を投げつける集団……そんな暴徒の模様を収めた動画が現地SNSで投稿されているためご紹介したい。

・事前にSNSで呼びかけ

イギリスメディア「EXPRESS」によると、事前にSNSのSnapchatでハロウィンの仮装をして警察を襲撃するよう呼びかける投稿が広まっていたという。その呼びかけを行った若者は週前半に逮捕され、当日には1万5000人の警察官が投入された。

が、暴徒化を食い止めることはできなかった。現地のSNSでは、ガラスを割りバスに爆竹を投げつける集団、街灯を切断しようとする人、警察官から逃げるマスク姿の若者たちの姿などが投稿されている。


こうなるともう、ほとんどテロですね。一体、何が彼らをここまでおかしくするのでしょうか?…もちろん、ハロウィン自体が悪魔だらけの要素で満ち溢れているからです。

しかし、ハロウィンパーティーを毎年楽しみにしている人にとって、いざハロウィンの実態を知っても実際にイベントへの参加を一切止める事は中々出来ません。友人・知人関係や仕事の関係でイベントを止められない理由もあるかもしれませんが、一番の理由は、やはり習慣化したものをいきなり止めるのは何か怖い、これではないでしょうか?中には「事実を知ろうが楽しければ良い」と考える人もいるかもしれませんけど。

長くなりましたが、本題に入ります。
私はもう初詣に一切行っておりませんが、日本人が初詣や行事等で参拝する神様というものがどういうものなのか説明します。

日本の宗教は国家神道、および仏教がメインだと思われます。一部キリスト教の教会もありますが、我々が毎年訪れるのは国家神道系や仏教系だと判断して良いでしょう。
私も知らなかったのですが、お寺と神社で崇拝する神様が異なる様です(コチラより一部抜粋します)。


お寺と神社の見た目の違いとして
「お墓や仏像のある所がお寺で、鳥居のあるのが神社」
という考え方が浸透しています。

もう少し難しくお寺と神社の区別方法を説明しますと
「仏尊像を安置し、仏教の教えを説く僧侶の住むところがお寺で、
神道の教えの元、日本の神様の御魂を祀り、祭祀を行うところが神社」
といえます。

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お寺は中国・インドといった外国から伝わった仏教です。お寺は、仏様を祀り、仏像をすえ、僧が仏法をおさめる為に存在しています。
お寺には、僧侶・尼さん・住職などがいて、御本尊として仏様が安置されています。
大日如来、薬師如来、釈迦如来、聖観世音菩薩、文殊菩薩、地蔵菩薩、不動明王などの像が仏様です。

…….

神社は神道に属しており、日本の神様が祀られています。伊勢神宮や明治神宮といった「神宮」の称号のついた建物は数ある神社の野中でも特別格式の高い神社です。
大社、神宮、神社はいずれも神道に属しており、これら以外の呼称を付けられた神社の大半が祀られている神様の名前を元にして名づけられました。神道には大勢の神様が居りますので、様々な名前で呼ばれます。その中でも、特に大規模な神社は神宮や大社と呼ばれます。
神宮・大社と呼ばれる場合は、天皇や皇室祖先神を祀っているのが普通です


ではまず、お寺の仏教の由来から見てみましょう。
インドの仏教と言えばチベット仏教ですね。チベット仏教といえば、ダライ・ラマです。まずはこのダライ・ラマの実態を暴きましょう。下記記事をご覧下さい(一部抜粋します)。

・ダライ・ラマ派とオウム真理教の関係


ダライ・ラマ14世は、あの地下鉄サリン事件を起こしたカルトテロリスト集団であるオウム真理教の教祖・麻原彰晃の師であった。オウム真理教の教義や教則などもその多くがダライを由来としているものであり、それだけダライは麻原およびオウム真理教に多大な影響を与えていた人物なのである

ダライ・ラマ14世の存在があったからこそカルトテロリスト集団のオウム真理教がこの世に誕生し、地下鉄サリン事件その他の凶悪事件もこの世で発生し得たと言っても過言ではない。そのような凶悪なカルト宗教を生み出すことに一役買った悪魔のような坊主が率いる「亡命集団」がもしもチベットの独立国家を建国などしようものなら、一体どのようなおぞましい政教一致国家が誕生するのか、想像するのも恐ろしい話である。

…….

幹部しか知らない仰天事実も明らかに。サリン事件後、麻原死刑囚が「1995年の11月には戦争だ!」と発言したと証言した。「11月」「戦争」という言葉は記憶しているという。サリン以上のテロの可能性があったとは恐ろしい。

また、教団がダライ・ラマ14世に莫大な寄付をしていたことも明らかに。「麻原は100万ドルを目標にして、たぶん1億円を超えた」。80年代後半、ダライ・ラマは麻原と対談して称賛の言葉を贈っている。


若い方は知らないかもしれませんが、1995年に発生したオウム真理教による地下鉄サリン事件は大きな衝撃を世間に与えました。オウム真理教の教祖である麻原彰晃は何処までも異常で残忍な人間だと誰もが実感しているでしょう。

その麻原彰晃の師がダライ・ラマです。

…もうこれだけで十分だと思います。ある意味、人殺しの団体であるオウム真理教の親分がダライ・ラマという訳です。

写真での笑顔を見る限り、とても親密な関係が伝わってきますね。それだけ親交が深かったのでしょう。
ダライ・ラマを神聖な人だと思っていた方は、さらに下記記事を見て実態を知っておいた方が良いでしょう。

・ダライ・ラマ派とCIAの関係(下記に一部抜粋します)


ダライ・ラマ14世は日本や欧米など西側諸国では「非暴力を貫く平和の使者」というイメージを持たれ、ノーベル平和賞まで授与されているが、その正体は「もう一つのアメリカ政府」とも呼ばれる米国の諜報機関CIA(アメリカ中央情報局)の支援のもとでゲリラ戦によるテロ活動を繰り返していた武装テロリスト集団の指導者である

CIAとはこのように対外テロリストを育成する卑劣な工作機関であり、そしてダライ・ラマ14世とはそのような機関に育成された米帝国主義の手先なのである。一体これのどこが「非暴力を貫く平和の使者」の所業なのか、じっくりと説明してもらいたいものである。


アメリカのCIAについては、もはや悪い噂ばかりが目立つ様になっています。RAPT氏のコチラの記事でも分かる通り、CIAが麻薬密売組織であり幼児の誘拐および人身売買を行なってきたという非道な事実が明らかになっているからです。そのCIAと深く関わっていたのですから、聖職者とは程遠い悪魔の様な人物なのは間違いないのです。

そして、チベット仏教自体の教えや由来については、RAPT氏の下記記事をご覧下さい(一部抜粋します)。

・〈閲覧注意〉チベットは悪魔崇拝の聖地です。


内容を特徴付ける主な言葉・概念を挙げると、以下のようなものがある。
「五欲徳」(色・声・香・味・触)
「五肉」(人肉・牛肉・犬肉・象肉・馬肉)
「五甘露」(糞・尿・精液・経血・肉体)
「大印」(女性パートナー)

こういった従来の顕教、あるいは世俗の社会倫理では忌避されてきたものを、真理の反映の過程として取り上げ、三昧の上においてはむしろ徹底的に享受・摂取することが、(その優越性・究極性を強調されつつ、)全面的に象徴化がなされ、それを肯定し推奨されて、現実の如く具体的に観想することが必要とされる。

ちなみに、「大印」(女性パートナー)は、言うまでもなく、「愛欲」(性理的瑜伽、二根交会)の象徴として文中に現れるが、その尊様の指定は、
十二歳の乙女(第七分、第十五分)
十六歳の乙女(第四分、第七分、第十六分)

二十五歳の乙女(第八分)
といった具合にバラつきがある。

…….

新しい時代の″悟り″のために″宗教的な善悪を破壊する目的で″秘密集会タントラ″は成立する。

そして、″悟り″のための手段が″五甘露(人糞、人尿、精液、経血、人肉)を食す事″である。これは、錬金術とも共通する部分で、賢者の石は人糞の塩と人尿の塩で精製できるとされている。

″五甘露を食す″事は、人間の本能による最大の嫌悪であり、最大のタブーである。その行為は、根強く意識に埋め込まれた宗教的善悪の固定観念すらもいとも簡単に破壊してしまう。

これの経典は、密教の入り口にしか過ぎない。何故なら、自然には善悪は存在しない。つまり、″五戒″は本能ではなく、単なる刷り込みに過ぎない。自然の善悪感は、″欲″と″畏怖″である。

本能としての善悪の破壊こそ、次なるステージである。それが母タントラ経典へと続く。本能を破壊する事は無限の創造を可能にする。神を超えるとでもいおうか


これは「秘密集会タントラ」の教理の一部なんですが、秘密集会タントラというのは仏教の後期密教経典群という経典の1つとの事です。
さらに秘密集会タントラに関して、Wikipediaでは下記の意図・目的が含まれている様です。


『秘密集会タントラ』の意図・目的の一端が、あるいは瑜伽行者における体験を通じたその挑発的・価値転倒的な姿勢が、瑜伽行の唯識や密教の「転識得智」(てんじきとくち)を基として端的かつ象徴的に描かれている章が、第五分と第九分である。

第五分では、

貪・瞋・痴に満ちた行者は、無上なる最高の乗において、(「転識得智」によって三つの根本煩悩さえも仏の智慧に変じて)最勝の悉地を成就する
旃陀羅・笛作り等や、殺生の利益をひたすら考えている者たちは、無上なる大乗の中でも、最上の乗において成就をなしとげる
無間業(地獄に堕ちる悪行)、大罪を犯した者さえもまた、大乗の大海の中でも優れたこの仏乗において成就する
殺生を生業とする人たち、好んで嘘を言う人たち、他人の財物に執着する人たち、常に愛欲に溺れる人たちは、本当のところ、成就にふさわしい人たちである
母・妹・娘に愛欲をおこす行者は、大乗の中でも最上なる法の中で、広大な悉地を得る

といった文言が説かれ…


これに対してRAPT氏がまとめてくれておりますが、これまでの善悪の観念を壊すために、徹底的に「悪」を行なって悟りを開く、これが仏教の真の姿という訳です。
本能的欲求をひたすら貪り、「糞・尿・精液・経血・肉体」を飲食し、さらには12歳と16歳と25歳の女性と性行為を行なうとも書いていますね。どう思いますか?完全にキチガイの領域ですよね。
未成年と性的関係を持つのは日本では犯罪です。殺生(殺人)なんて完全に重罪です。そして、糞を食べる、精液を飲む、さらには人肉をも食べる…。これを見て頂いた方、申し訳ありません。ですが、これがチベット仏教(日本のお寺が崇める宗教)の現実という事です。
日本全国のお寺に従事しているお坊さんは、仏教のルーツがこんな悪魔的でどす黒いものだと理解しているのでしょうか?

余談ですが、現ローマ教皇も人肉食を行なっていた経緯がありますので、ダライ・ラマもタントラの教理を現在でも実施している可能性は高いと思った方が良いでしょう。ローマ教皇の実態を知りたい方は私の過去の記事をご覧下さい。

むしろ、チベット仏教のトップである以上、悪魔の悟りを十分に開いていると見て間違いありません。何処までも悪魔の精神に満ち溢れた人間、それがダライ・ラマの本当の姿です。
とにかく政治・宗教全てにおいて、この世の支配者層は誰もが狂人である事を肝に命じておかなくてはいけません。

…まずは日本のお寺が崇拝する仏教のルーツを簡単に説明しました。例え形式的とはいえ、お坊さんや一般市民を問わずお寺でお祈りしている方達は、この様なものを拝んでいる事を理解しておいて下さい。

次は神社に深く関わっている「密教」についてですが、随分と長くなってしまったので次回に説明します。

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