メディアに出る人達の素顔 08(日本企業の社長・会長) その2

テレビ・メディア

前回の記事に引き続き、日本企業の社長・会長の素顔を書いていきます。

お次は、パナソニックの松下幸之助氏です。

言わずとしれた松下電気(現:パナソニック)の創業者であり、パナソニックは日本のみならず海外でも評価されてきた程の巨大企業です。松下氏自身は1989年に死去していますが、自社の経営の他に、晩年は松下政経塾を立ち上げて後進の育成にも力を入れた事で有名ですね。また、松下氏が自分の体験と人生に対する深い洞察をもとに綴った短編随想集である『道をひらく』は、現代でもロングセラーになる程の書籍です。

さて、パナソニックの業績についてはまとめると膨大な量になり兼ねないのでここでは割合しますが、多くの人は松下政経塾というものが一体どういう機関なのかあまりご存知無いかと思います。これについて調べてみましょう(Wikipediaより記事の内容を一部抜粋します)。


公益財団法人松下政経塾(まつしたせいけいじゅく、The Matsushita Institute of Government and Management)は、松下電器産業の創業者である松下幸之助が、1979年(昭和54年)に設立した政治塾である。国会議員・地方首長・地方議員などの政治家を中心に、経営者・大学教員・マスコミ関係者など、各界に多数の人材を輩出している。


…私のブログを一通り見てきてくれた方にとっては、この記事を見て不安に思う人もいるかもしれませんね。
改めて、政経塾によって輩出される職業の一覧です。

●国会議員、地方首長、地方議員等の政治家
●経営者
●大学教員
●マスコミ関係者
etc…

見れば分かる通り、政界やマスコミ等はこの日本を散々駄目にしてきた悪魔の巣窟です。松下氏自らの思想にて日本をより良くする為に政経塾を開校したとは思うのですが、実際のところ、この政経塾ではどの様な事が行なわれていたのか? 調べてみましょう(コチラより記事の内容を一部抜粋します)。


藤原、本澤対談:松下塾政権とは何者か

……

管、野田と続くオリジナル民主党政権の主な構成をなしている松下政経塾出身者達。
 地盤、看板、カバンの無い高学歴青年を3年間合宿させて学習訓練する、松下政経塾とは何なのか。
 彼らはいったいどういう組織集団なのか、彼らの政治思想はいったいどういうものなのか。

なぜ、対米盲従なのか。
米国は彼らをどう見ているのか。国民にとって、彼らはどんな利害をもたらすのか。

この対談がすべてを網羅しているわけでは毛頭ないが、国内のマスコミが彼らの実態を一切報道しない中で、多くの示唆を得ることができる。

……

藤原 しかし、松下政経塾内閣ができたことについて、日本ではあなたが一番危機感を持っており、その辺りの背景をいろいろお聞きしたい。

本澤 松下政経塾は、これはまさにメディア戦略の成果といえます。多くの国民が尊敬している 〝経営の神様″ が創った政経塾ということで僕もそれにだまされていた人間の一人で、当初は悪いイメージはまったくなかった。
 ところが、十年位前から「はてな?」となってきた。 民主党内で彼等OBが中枢を占めるようになってから、話す内容、行動が可成りファシスト的で、調べる必要があると思った。
 調べていくと、松下幸之助が70億円で塾を立ち上げている。僕は政治に影響力を行使できる巨大企業を 〝財閥″ と呼んでいるが、したがって、 塾は松下財閥そのもので、その財閥の政治部門です。
その一財閥の政治部門が政権を牛耳っているというのは、戦前、戦後を通して初めてのことです。
 かつて財閥は侵略戦争をやり戦後解体されたから、彼等はじっと沈黙して目立たないようにしていた。今は財閥から初めて経団連会長が出ていますが、 ともかく一財閥が日本の政権を牛耳ったというのは、空前絶後の非常事態といえる。
最初は市民派ということで菅内閣を傀儡で使っていたが、 今度は正真正銘の一期生が総理大臣になった。

※この一期生とは野田佳彦氏の事であり、2011年に野田内閣として実際に総理大臣になりました。

……

本澤 PHPは松下政経塾の司令塔で、「VOICE」はその機関誌ですね。

藤原 その通りです。それから五年後くらい経った時に、PHPの 総帥の江口克彦という人が、帰国する時に会いたいと連絡して来た。
 そして、彼が京都から出てきて対談をしたが、この段階で外国のジャー ナリストから江口という人が、松下幸之助の隠し子だという話を聞いていたのです。

本澤 その話は僕も聞いたことがある。まさに幸之助の側近中の側近なんでしょうね。だからPHPが政経塾の指令塔で、前原や野田らに対して指令が出ている。

※ここで話題に上がっているPHPとは、PHP研究所の事です。

 カルト集団PHP

藤原 彼に会った時、いつも雑誌を送ってくれていることのお礼を述べた後、僕の目から見ると、毎号松下幸之助の記名記事が載って いるが、5~6人の若い人が書いていることはすぐに分かる。
どうして松下さんの隣りに若い人を育てるためにも名前を載せてあげないのか、 といった批判的なことを言ったら、神様を批判する藤原は危険人物ということで、対談はボツになった。

……

藤原 ないないー。
 僕は松下幸之助が政経塾を作った段階で、外国の諜報機関の人物から、松下幸之助が青山にマンションを借りてある男を住まわせ、その 母親が一緒に住んでいるが、その母親は松下のオンナではないという話まで取っていた。
 その若衆宿が松下政経塾の始まりだったとか。
 しかも中曽根内閣の時に京都大学の高坂正尭教授が政府委員会の委員長や委員を数多くやっていた。

本澤 そうですね。

藤原 彼が東京に出てきた理由は男漁り。この情報も外国の諜報機関の連中からです。

本澤 (驚きながら) そういうことっだったのですか。

藤原 米国というより世界では、諜報機関においては強請るタネはホモ人脈が当り前になっている。

本澤 ほうー。

藤原 高坂の弟子が前原でしょう。

本澤 そうです。前原は高坂教授に言われて松下政経塾に行ったと言われています。

藤原 高坂はエイズで亡くなっていて、京都では知る人ぞ知るです が、日本のメディアは一切報道していない。
 実は、中曽根政権時代に海軍短現人脈が目立ち、男の友情が取り沙汰されたことがある。
男の友情は秘密を守る口の堅さに由来し、情報関係における歴史のキイワードです。『スパイキャッチャー』などを読めば、ホモ人脈 が重要な役割を演じていて、KGB,MI6,CIAといった諜報機関を支配していた。
 そのことは『平成幕末のダイアグノシス』の 中にヒントとして書いて置いた。 だが、日本の皆さんは、日本の裏社会のことは暴力団、同和、カルトの3つしか言っていないが、もう一つホモというのがある。
 これは世界で通用する言葉だが、日本では分かっていても表には出てこない。

本澤 いや、全然分からないですね。

藤原 それは今、日本にはろくな情報機関がいないからだ。25年位い前は有楽町の電気ビルに優秀な 外国の新聞記者、情報機関がいっぱいいたが、そういう連中から情報を取ると全部出てくる。
 しかし日本人の記者は、外国の情報機関 を相手に情報を採れる人がいなかった。だから僕は今から30年前に石油事業を止めてフリーランス・ジャーナリストをやり始めた。

本澤 しかし中曽根さんはかつて著名な女性金庫番がいましたからそういう世界にいるとは思えない。

藤原 いやいや、両刀使いがいっぱいおり、むしろそれが当り前。 最近、岩瀬達也が『新潮45』に松下幸之助のことを少し書いているが、彼は奥さん以外の女性のことにふれているものの、他の女性で はなく若衆を相手にする世界には触れていないのが惜しかった。
 つまり、松下政経塾があってPHPはある意味、幸福○△党と同じでカルトといえる。


要約すると、松下政経塾とは塾生同士で政治を支配し、松下幸之助氏の思想を元に思い通りに日本を操る為のカルト組織だったという事です。卒業生の従事先にマスコミがあるのも、洗脳機関として支配力を維持する為の重要な職務ですから納得出来ますね。
そして、松下氏自身バイセクシャルであり、塾生の若い男性に手を出していたという訳です。

…段々と聞きたくなくなってくる内容が満載です。さらにコチラの記事を見て下さい(一部抜粋します)。


政治を司る者が衆道のたしなみとはこれ如何に。

筆者は正直“衆道”という言葉の意味を知らなかった。試みにWikipediaで調べてみると…

—以下引用—
衆道(しゅどう)とは、日本においての、男性による同性愛・少年愛の名称および形態である。「若衆道」(わかしゅどう)の略であり、別名に「若道」(じゃくどう/にゃくどう)、「若色」(じゃくしょく)がある。
平安時代に公家や僧侶の間で流行したものが、中世以降武士の間にも広まり、その「主従関係」の価値観と融合したとされる。
—引用終わり(Wikipediaより)—

いったい何の話かといえば、今年は菅直人首相の後に総理大臣に就任したのは野田佳彦であるが、彼は松下政経塾の第一期生である。松下政経塾出身の政治家というのは、現在においてかなりの数に上り、その主張が筆者には違和感を覚える筋の人々が多いということは気になっていた。違和感というのは、戦後政治において日本民族主義を貫いた田中角栄の主張とは真っ向から対立するものという意味での違和感である。果たしてこの松下政経塾出身者というのは、どこの国の政治を行おうとする者なのかよくわからない、国籍不明の人々というのが筆者の考えである。

そう思っていたところ、意外な事実が判明した。なんと、松下政経塾の創始者である松下幸之助とは、衆道のたしなみがあったというのである。これは知る人ぞ知る公然の秘密であるらしい。衆道といえばなんだか茶道、花道みたいだが、何のことはない男色趣味である。気色悪いことこの上ない。
このような趣味を持つのは自由だが、ホモダチのつながりで政治の人脈をつくり、内輪だけで勝手な政治を行うのはやめてもらいたいものだ。

……

日本の歴史において織田信長と森欄丸の関係は有名だが、なぜかそのような筋の人々が実権を握ることは多いのはなぜだろう。確かに深~い関係になるから主君を決して裏切らないという面はあるだろうが、公私混同はやめてほしい。


久しぶりにこの様な内容を知った気がしますが、本当にゲンナリします。
…昔から経営者やお偉いさんは普段のリーダーシップに溢れた人格とは裏腹に、特殊な性癖(SM行為等)を裏に持っているという噂は絶えませんでした。ですが、松下氏も同様の嗜好を持っていたとは何とも驚きを隠せません。

実際に松下氏の影響を強く受けてしまったのか、卒業生であり総理大臣になった事もある野田佳彦氏もホモ疑惑が浮上しているのを知る人は多いと思います(一例としてコチラの記事があります)。

また、一時期頻繁にメディアで見かけた前原誠司氏も下記写真を見てしまったら、やはり疑われても致し方ないでしょうね。

話題を戻します。
こちらは非常に大きな問題ですが、どうやら松下氏は生長の家とも繋がりがあった様です(コチラのPDFより一部抜粋します)。


松下幸之助と生長の家

……

幸之助の宗教のかかわりというと、従来は主に天理教あるいは真言宗の影響が指摘されてきた。天理教については、前半生の自伝『私の行き方 考え方』から、幸之助が一九三二年(昭和七年)に天理教(同書では「某教」とし、教団名を伏せている)の諸施設を見学して、立派で清掃の行き届いた建造物や信者の生き生きとした奉仕活動の姿に感銘し、物資の豊富とそれによる人間の精神的安心をめざした『産業人の使命』に思い至った経緯が、よく引用される。真言宗については、大正末期に取引先の山本商店の顧問役として幸之助と出会い、のちに松下電器の社内祭司となった加藤大観が真言宗醍醐寺派僧侶であることと、生地の和歌山県に真言密教の聖地である高野山があることがあげられる。ただ、幸之助が戦後に著した世界観と、天理教や真言宗のそれとのあいだにどのような関係があるのか、教義やイデオロギー面から考察した研究はほとんどない。

……

そんなことを考えながら幸之助についての資料を調べていくうちにたどり着いたのが、生長の家である。より正確にいうと、生長の家の信徒でもあった石川芳次郎(一八八一〜一九六九)という実業家である。筆者はかねてから、幸之助の世界観には生長の家の教えと似た部分があるとは思っていたのだが、似ているというだけなら他宗教の可能性も考えられる。しかし、一九四八年(昭和二十三年)一月の幸之助の講演録を読んでいたところ、始めてまだ一年強のPHP運動について、「だいたいまあ一ヶ年、本年の末から来年の初めにかけて、国民に光明思想を与える。再来年には具体案をつくる。一歩一歩具体的に緒につくというのが私の方針です」と述べているのが目に留まった。「光明思想」とは生長の家に特有の表現で、生長の家を知らずに自然と出てくる言葉ではない。そこで、生長の家との接点を調べることになったのが、本研究の出発点である。

……

実は、もともとのインタビューでは、幸之助はそのほかに複数の教団名をあげており、そのうちの一つが生長の家であった。幸之助の影響力の大きさを考慮して、訪問したことがすでに知られていた天理教を除いては、編集段階で教団名を削除したのだろう。しかし、このインタビュー集が出版される前の一九八〇年(昭和五十五年)に、幸之助が生長の家の機関誌『精神科学』で、「私も、谷口先生のお話をこれまでに三、四回、聞かせていただいたことがあるのですが、その際にお聞きしたことは、今日まで、陰に陽に参考になっているという気がする」と述べているので、厳重に秘密にするほどのことでもなかったようである。「谷口先生」とは教祖の谷口雅春(一八九三〜一九八五)のことである。


「光明思想」というのは生長の家の教祖である谷口雅春氏が作ったものであり、簡単に言うと、この思想の一つに「ポジティブシンキング」というのがあります。このポジティブシンキング、一見すると素晴らしい言葉に思えますが、個人的には随分と耳障りの良い戯言だと感じる為、あまり好きになれません。自分の立場も深く理解していないのに「前向きに!前向きに!」と心を入れ替えても長続きしませんし、第一何の解決にもならないからです。まあこの言葉を全面否定する訳では無いですが…。
この思想は「ニューソート」という、19世紀アメリカ合衆国で始まったキリスト教における潮流との事ですが、その実態は紛れもなく悪魔的な発想だという事実をRAPT氏が下記記事にて説明してくれていますので、興味のある方は読んでみて下さい。

・RAPT×読者対談〈第84弾〉自己啓発もスピリチャル系も悪魔崇拝。

この思想を堂々と「国民に与える」なんて宣言している以上、例え生長の家の信者でないとしてもそれは言い訳でしかならないでしょう。谷口雅春氏から大きな影響を受けた事には何ら変わりはないのです。
そして、松下氏がバイセクシャルとなった理由も分かりました。社内祭司となった加藤大観という僧侶を通じて真言密教の教理を教わり、真言密教の聖地である高野山にも足を運んだのでしょう。過去のジャニーズ事務所の記事でも取り上げましたが、密教ではホモ行為が堂々と行なわれているのです。詳細についてはKawata no Blog 氏の下記記事をご覧下さい。

・現代の日本が腐敗する原因を作った犯人は、「密教」を広めた「空海」です。

恐らく、松下氏や野田佳彦氏も真言密教を通じてホモ行為に味を占めてしまったのかもしれませんね。

この様に、松下氏本人の思想や政経塾の実態を知ってしまうと、何とも不安に駆られます。何故なら、松下政経塾では経営者も輩出しているとの事ですが、要はここを卒業した企業経営者の誰もが生長の家の教理を叩き込まれると思って間違いないからです。

そして、コチラの記事にある通り、ソフトバンクの孫正義氏やユニクロの柳井正氏、そして旅行代理店H.I.S.の澤田秀雄氏も松下氏に大きな影響を受けている事が分かると思います。

特に、京セラの創業者である稲盛和夫氏はと言うと、何と松下政経塾の相談役にもなっている程深い関わりがあります(Wikipediaにて詳細が分かります)。

上記が稲盛氏ですが、…どうにも女性っぽいというか、乙女心を持っている様な雰囲気を持っている感じを受けますね。恐らく松下氏とは仕事の面でもプライベートでも親密であった可能性が高いと思います(汗)。

しかし、稲盛氏の影響力は松下政経塾だけではありません。

盛和塾という、「経営の王道を学ぶ、起業家の為の経営塾」も経営しています。

当然と言えば当然ですが、稲盛氏も生長の家の教理をしっかりと頭に叩き込んでしまった人です(コチラにより一部抜粋します)。


『生命の實相』が精神形成の根本/稲盛和夫

……

「出発点といえば生まれ育った家庭環境、そして小学校高学年の時に結核にかかったことが大きく影響しています。家は印刷業を営んでいて比較的豊かだったのですが、戦災で貧しくなりました。

 両親や兄弟に無理を言いアルバイトをしながら大学まで進学させてもらったのですが、大学(第一志望)の大阪大学を失敗して鹿児島大学に進んだ。就職も不況で思うようにいかず、ようやく京都の中小企業に入った。まあ、逆境の連続です。

 もう一つの病気の方は、当時、結核は『不治の病』といわれていたし、戦時下で栄養も十分にとれない状況だったので、『もうすぐ死ぬのだ』とおびえる日々でした。そんな時、近所の奥さんが(生長の家創始者である)谷口雅春さんの著書『生命の実相』を持ってきてくれた。死と向かい合っていたときだけに、一字一句真剣にむさぼり読み、私の精神形成の根本になりました」


幼い頃にここまで真剣に『生命の実相』の本を読んだ以上、完全に生長の家の思想に洗脳されていてもおかしくないですね。
そして現在、稲盛氏ご本人のサイトより、何と13000人を超える経営者が盛和塾に集まる程の規模らしいので、要は日本の多くの経営者が生長の家の教えを学んでいると捉えられてもおかしくないのです。そう考えると本当に恐ろしい限りです…。

※そんな盛和塾も、どうやら2019年末をもって解散するとの事です(コチラにて告知がされております)。稲盛氏の体力の面もそうですが、何より「盛和塾は一代限り」と表明していた事で今回の解散表明に至った様ですね。何にせよ、カルト教理洗脳塾ともいえる組織の終わりが始まったという事になります。

あまり国民には実感が沸かないのですが、日本の多くの企業経営者達が生長の家の教理を深く教わっているであろう事に衝撃を受けました。

以上です…と言いたい所ですが、肝心の大企業についてまだ触れていませんので、次回はそれを書いていきます。

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